転職|失敗|教養のない経営者と感じたらブラックと疑って辞める準備をしよう

job_change05 私的転職論

責任を感じた時、期待に応えられない時に「責任を取る」と言いますよね?。

それに対し上司が「しりをまくる」のか?とよく言い返しますが、その言葉の使い方合ってますか?

 

「しりをまくる」って?

 

わたしの認識では、「逃げるのか?」という意味で捉えましたが、恐らく相手も同じ意味で言い放ったと思っています。

 

少し気になったので、言葉の意味に合わせ自分の経験を綴りたいと思います。

 

「しりをまくる」の意味を調べてみた

時代劇などで、ならず者が、役人などの前で着物の裾をまくって座り込み、「おうおう、上等だ!斬れるもんなら斬ってみやがれい!」などと、すごんで見せる場面をご覧になったことがないでしょうか?

「尻(しり・けつ)をまくる」は、そのような状態を指す言葉です。転じて「威嚇するような態度に出る、居直る」という意味を持つようになりました。「尻をまくって反撃に出る」などと用います。

また、「尻をまくる」には、「それまでの穏やかな態度を変えて、急に強い態度に出る」という意味もあります。この意味での使用例としては、「それまで黙っていた店員が、尻をまくって客をなじり始めた」などがあります。

いずれにしても「尻をまくる」には「逃げる」という意味はありません。「尻」を使った慣用句で「逃げる」という意味を持つのは「尻(しり)に帆をかける」です。

ということで、アの「現場を押さえられた犯人は、尻をまくって反撃に出た」が「尻をまくる」の正しい用法でした。

 

うーん、全然意味が違います。

 

本当の意味は「反撃に出る」ということのようです。

「責任を取る」と怒って言い放つ時は、ほぼこちらの意味に近い表現ですがね。

 

「しりをまくる」と言い返す心理

わたしが知る限り、多くの経営者や管理職はよくこの言葉を使います。

 

自分たちの管理範囲に支障をきたすことを恐れ、現状どおりに案件を遂行して欲しいからでしょう。

とは言え、自分たちが思い描いた行動や実績を取れない相手に対し、叱咤激励と称し「パワハラ」を行うことと何も変わりはありません。

 

本人たちでは行えない、または、居なくなれば任せられる人材も無く、新たに人材を補強するには時間がかかるから、「逃げずに今の仕事をせめて人の手配が出来るまで行って下さい」という哀願を今更低姿勢で言えないから「しりをまくって」逃げるのか?と言い換えるのです。

 

こうなると口元が緩んでしまう。

辞めれば「困る」ことが明白ですから。

しかし、それでも上司は言い放つでしょう。「君の生活が心配だから短気になるな」と。

 

「しりをまくる」という言葉は、本当にプライドをくすぐる言い言葉だと思います。

また、便利な言葉だとも言えます。

 

「まだまだ君に期待している」「だから仕事を投げ出さないで欲しい」「だって会社が困るんだもん」。

 

それでも攻撃は止めない

 

「しりをまくるのか」と慰留を留め、思惑通り翌日も会社にくればしめしめ。

「人は簡単に会社を辞めない」と再度勝手な認識を行います。

 

会社へ来たからには、自分の言い放ったことや要求が通ったと感じ、再び自分の要求に

応えない不満をぶちまけ始めるでしょう。

 

会社とはこの繰り返し。

 

大手企業であれば「パワハラ」で上司へ相談すれば収まりますが、中小企業の場合、特に直接経営者とやり取りする時は、その上が居ないから労基にでも訴えるしかありません。

非常に厄介であることを転職希望者はちゃんと理解しましょう。

 

中小企業の社長というのは、一生懸命に人格者をきどりますが、ほとんどの場合が小さな売り上げに比例するように小さなコストを気にする「ねちねち細かい人間(全てではないですよ)」です。

もちろん、大企業であっても小さな節約を行っています。

 

一人が1万円節約すれば、従業員1,000名で1,000万円になりますからね。

 

それと大企業と大きな違いは「仕事を任せられない」こと。

大企業の部長クラスは概ね大らかで、仕事を結構自由にやらせてくれます。

 

しかし、中小企業の場合は、全て「社長決裁」なんてこともあり得ます。

 

管理職で任された部署の運営についても、何かあれば全て社長の承認が必要と、何もかも監視されて息が詰まるのです。

 

そんなわけで、自分が出来ないことは安く雇える社員にやらせるわけですが、ほとんど全てのインフラが整っていないので、どんな優秀な人間が来ても先にに進みません。

 

名ばかり管理職で採用された中途採用者は、生産や営業に追いやられている部下の協力を得られることは叶わず、結局は全て自分自身でやらなければならないと覚悟が必要です。

 

最初は頑張って行おうとしますが、その量の多さ、小さなコロニーで繰り広げられる人間模様に翻弄され、結果は出せず、出来なければ「徹夜でも何でもを行え!」と言われるかもしれません。

 

そしてどうでも良くなって、辞めたい気持ちが「責任を取る」という言葉に出る。

そして上司はその言葉に対し「しりをまくる」のかと引き留める。

こんな風のこの言葉は使われ続けていたのでしょうね。