パワハラって死語ですか?
ここ数年間ではありますが、企業のCSR活動が活発となり、大企業ではパワハラ、セクハラ対策に多くの人間と時間を掛けて対策を展開しています。
もし、パワハラの当事者となれば、人事から呼び出され警告を受け、最悪の場合は会社を去らなくなってしまいます。
会社を辞める程度なら良いが、もっと酷い場合はパワハラを受けた被害者が自殺に至っていまうケースも発生します。博報堂の事件が記憶に新しいところ。
もし、自殺などに至れば、労災どころか、企業に対する賠償責任も生じます。
お金の問題だけならばまだ良いが、企業イメージが損なわれてしまうリスクも抱えているのです。
経営者はその点をよく理解しているので、パワハラに対し敏感になるはず・・・なんですけどね。
もしも転職先がパワハラ渦巻く環境で、注意警戒すべき社長がパワハラを容認していただけに留まらず、それを利用して業務問題を解決しようとしていたらどうします?
利益追求の方向性が同じでも経営者の資質で成否が決まる
転職先にパワハラ社員がいて、経営者が直接怒鳴りつけると問題が大きくなることを懸念し、経営者が彼を代弁者として会社の規律を保とうとしているなんてことも起こる可能性があるかもしれません。
企業存続の課題とは?
製造業を例に取ってみよう。
製造業は「安全第一」である。ある程度の製造業は、OHSASなどの安全基準を管理し、遵守するようモニタリングを行うことで安全意識を高めている。
しかし実際は、企業というところは利益最優先である。
利益が出ないと社員も雇えないし、会社の存続も危ぶまれるので、安全なんて建前となる。
その傾向は中小企業、特に零細企業になればなるほど高く、安全について触れることもない製造業が実際はとても多いのである。
利益追求の方向性が合えば会社は大きくなるかも?
では、製造業における利益追求とは何か?
単純には、作ったものを高く売ることであるが、そこは問屋が卸さない。
レアな製品ならともかく、通常は買う側は安く仕入れたいという気持ちが働くので、お客様あっての零細製造業の場合、いかに「安く作ることが出来るか」がカギとなる。
既存の製品を安く生産するには、改善が行える優秀なマネージャーが必要となる。
しかし、零細企業にそんな人材が来るのは稀であり、もし中途入社が叶っても、企業文化が低いため嫌気を指して直ぐに辞めてしまうことが実に多い。
また、同様に企業文化の問題で若手が育つ可能性も低い。
経営者が特段優秀であれば、双方がシナジー効果を生み、何れ大企業へ成長するのである。
人材難の零細企業は負のパラドクスにはまる
製品を安く作れないのであればどうするのか?
答えは簡単だ。不良品リスクを最小限に留めるのだ。
しかし、この施策はもろ刃の剣で、過剰品質によるコスト増に繋がることも予見されるので、必ず成功するとは限らない。
但し、徹底的に管理することで、客先への不良流出は防げるため、リコールなどの責任問題へ発展することは避けられる。
故に企業が一発で吹き飛ぶリスクは無くなるのだ。
それでは企業の利益には繋がらないのでは?という疑問が生じるだろう。
事実、品質の引締めのみでは利益を逆に圧迫する。
経営者というのは欲張りで、必ず何かと結び付けようとする。
そう、品質引締めを徹底的に行うことで、生産時に発生する「不良率を削減」させ、無駄に不良品を生産する労務費、材料ロス、機械稼働時間のミニマイズなど、包括的なコスト削減を目論むのです。
目論見が成功へ至れば良いのですが、逆の方向へ進んだ場合は大変なことになる。
パワハラ社員を黙認する会社の事情を理解する
利益追求の構図から、不良低減を図ることで「不良品の客先流出」「生産ロスの削減」を図れる。
- トップダウン方式による全体周知を図ることで、従業員の意識向上
- 製造と品質を融合させた体制を明確化し、知識の融合による原因追及
- 生産方法の標準化とキーポイント明示
- KPIなどを活用した異常監視とノイズ対策
これらは通常考える施策であるが、経営層の資質が分かれるのはその展開方法である。
優秀な経営者は判断が早くまた正確である。
その結果、効果に結び付き、従業員も成功体験ができ、会社全体がモチベーションに溢れ活気が出る。
一方、経営資質が低い場合、根性論が多くなり、青カビが生えた参考にもならない過去の栄光(自身の成功体験)を延々と話し、最後は何で出来ないのか?と、犯人捜しに至る。
更に酷い場合は、資質の高い経営者のうわべだけを真似て、いかにも論理的に話をまとめようとするが、元々の方向性が間違っており、結局は結論に至らず曖昧になってしまう。
即ち、自分が出来ないから外の優秀な人材でカバーしようとするのだ。
これは間違いではないが、その活用方法とモチベーションのあげ方が理解されていないため、その能力を活かすことなく失っていくことに繋がってしまうのだ。
パワハラ管理職を野放しにしなくてはならない会社の事情って?
ずばり、管理関係が脆弱なためである。
会社に明確なルールや決まりが無い、あっても不文律で口頭指示ばかり。
決定的なのは、そこまで酷いのに、経営者に決断力が無いため、経営層主導で改善を行うことが出来ず、結局は人頼みになってしまっている体質なのである。
製造業なので、そのままでは何れ大きな不良品を出し、客先に迷惑をかけるのみかリコールにも繋がり兼ねないのだ。
そこを手っ取り早く歯止めするには、品質不良を流出させない徹底的な防波堤作りしかない。
三流製造業ではよくやる手である。
そこにパワハラ社員を配置すれば誰も何も言えないという打算が生まれる。
しかし、それは大きな勘違いで、これにより「過剰品質」が発生し、製品の無駄、人件費の無駄が発生。
品質至上主義により、些細な問題でも大きな会議、生産停止で機会損失発生。
更には、全てに対し対策を要求されることで仕事はストップしてしまう。
文句だけを言うのではなく、品質的な見地から製造の問題を仮定し、一緒になって問題を早期解決することが出来れば良いのだが、そのような考えに至らなければ、結局は製造部門のみが責められる結果となる。
パワハラされない体制を築けば良い。けど出来ます?
パワハラの原因となる要因を作らなければ良いのだが、何が琴線となるか普通は分かりません。
小さい会社でもセクショナリズムが強い場合もある
会社に大きな命題があれば、組織の隔たりなく原因撲滅のため協力すべきですが、残念なことに大声を出すことで他人を委縮させることにしか興味が無いのがパワハラを行う人間だ。
問題に対する追求のみを行い、その根本原因の解決に係ろうとしない場合が多いのです。
技術不足の会社であれば、問題を追及する能力が無いので、組織を超えた対策が必要となる。
もし、転職先がそんな会社であれば、次に進むことを考えるべきでしょう。
逃げ道の無い「正論」は何も生まない
パワハラを行う人間は、事実を基に「正論」で相手を追い込むことを行います。
正論というのは実に素晴らしいが、きちんとマネジメントを行った人間はその恐怖を知っているので、絶対に部下や他人に正論をぶつけて答えを要求することはありません。
正論には逃げ道が無いことを理解しているからです。
パワハラを行う人間の場合は「正論=理想論」とも取れますが、結局はそれが出来るためにはこうするべきだろ?という話になります。
やり方についても正論です。
しかし、聞く方もそんなことは分かっているのですが、それを展開する具体的な方策が不明なのです。
また、あれもこれもで手が出せないという現実も重なり、結局は何ひとつ出来ず、また同じように誹謗中傷を交えた叱責が始まる。
やり方、手伝い、自分や自分の部署も協力するという「逃げ道」を作ってやることを、みんなは知って欲しい。
パワハラ社員を野放しにする会社の副作用
会社がもしパワハラ依存したらどのような副作用が出るのか?
会社の問題を正すには、社員間、部門間で協力し合うことが必要です。しかし、「パワハラ社員の存在が大きくなり過ぎ」ていた場合、これらを強く阻害します。
パワハラ社員は経営者の手前、相談すれば答えると社交辞令を言うが、実際に相談などすれば訳の分からない話となり、再びパラドクスへ陥る。
そして最も心を砕くのは、パワハラ社員の言うことをその通り実行しても、経営者がそれをひっくり返すことが起こることで、しかもその都度パワハラ社員も責任転換してしまうという事象です。
会社で黙認されたパワハラ社員は日和見で、結局は黙認する経営者に大きな問題があると言わざるを得ないでしょう。
求心力が無く、パワハラという恐怖を与えることでしか会社の存続を考えられなかったのです。
これら問題を抱える会社について言えるのは、
パワハラが黙認されている会社に入社した場合は注意が必要です。