登山を行うメリットは既に多くの方が理解出来たと思います。
登山をスポーツと捉えた場合、その多様性は万人の力量に合う選択肢を無限化しますが、注意しなくてはいけないのは「決して無理をしない」ということです。
登山家の最高名誉であるピオネドール賞を受賞するような名クライマーでも同じ。
山では「絶対」は無く、自然に抗う術など人間は有してはいないのだから。
そして、「山では地上の肩書などは一切関係ない」ということも肝に銘じて下さい。
ここまで、登山の選択肢は大きく「体力度」と「技術度」の二点で評価して来ましたが、最終的な「判断能力」は個々に依存されることを忘れてはなりません。
バリエーションルートに潜む登山の危険性
ここまで紹介してきた山は全て整備された一般の登山道を歩むルートです。
山のグレーディングという難易度の指標は、この「一般登山ルート」を評価したもので、これ以外のルートはバリエーションルートと呼ばれます。
バリエーションルートという登山
バリエーションルートの解釈は「登山地図に無い道(未推奨)」で、一般的には以下のような場所です。
- 積雪によってルートが分からなくなった登山道を歩く
- 登山地図に記載が無いルート
- 絶壁などのロッククライミング
見て分かる通り、バリエーションルートとは一般的な登山者が立ち入る場所ではありません。
登山地図で表されたルートも決して安全ではありませんが、「比較的安全に歩ける推奨ルート」であることには間違いないでしょう。
バリエーションルートとは、一般的な登山地図には記されない危険なルートなのです。
グレーディングは存在しない
一方、バリエーションルートは大きな危険が伴う場所が多く、雪山登山者にとっては名の知れたルートでも夏山を対象としたグレーディングで評価はされません。
もちろんルートも明示されません。
また、ロッククライミングについても、愛好者の間ではルートの名前があっても、一般的な登山道としては決して記されることはないのです。
山にのめり込んだ人の行き場所
これらの登山は、一般登山道が物足りなくなった一部の上級者や、アルピニストと呼ばれるプロ登山家が行う究極の登山だと考えて下さい。
もちろん、バリエーションルートと言っても難易度はピンキリですので、登山中級者程度でも、経験者と共に優しい冬山へ登ることも可能です。
登山に慣れ、冬山へも挑戦するまでの腕前となればバリエーションルートの存在が気になるでしょう。
その時はここで読んだ危険性を思い出し、十分な準備を整えて挑んで下さい。
エリートアルピニストでも命を落とす登山の危険性
登山には体力と技術を養うために「経験」が大切なことも説明してきました。
ただ、残念なことに経験豊富な登山者ほど油断による遭難が多いのも事実です。慣れた頃ほど初心に帰ることが重要なことは理解していたはず。
しかし人間は「魔が差す」生き物であり、一回の間違いが重大事故のトリガーに繋がるなんて、誰も事前に想像できません。
それはエリートアルピニストと言われる名登山家とて同じ。
人間である以上、自然に勝つことはできないし、想定外の事態には対処できないこともあります。
アルピニストという存在
皆さんは「ピオレドール賞(フランス語:Piolet d'Or)」というものをご存知でしょうか?
これは、登山界のアカデミー賞と言われ、後世に残る偉業を達成した登山家へ送られる最も権威ある賞です。
単純に8,000m級の山を沢山登ったなどの評価ではなく、新しい(未踏)ルートを開拓したり、未登頂峰への登頂成功など、人類史に残るような活躍が受賞の条件となります。
こんなにも凄いピオレドール賞を受賞した日本人は、2008年の初受賞から2018年までの間に11名(2回受賞者1名)と、決して少なくありません。
世界最高峰の登山家として名を連ねたのだから、安全対策についても一流であったことは想像出来るでしょう。
しかし、世界最高峰のアルピニストであっても、ほんの少しの油断が命取りとなったり、自然の驚異には抗えることが出来なかったことで、残念ながら命を落とした方も居られます。
「谷口けい」さんは
女性であることが不利になった?
ピオレドール賞を受賞した日本人の中で特筆されるのは、2009年、女性として史上初の栄冠を受けた「谷口けい」さんが上げられます。
谷口けいさんは、日本人として唯一二度の受賞を受けた「平出和也」氏と共に、 カメット峰未踏の南東壁登攀が評価され、女性として初のピオレドール賞を受賞しました。
カメット峰と言われても普通の人ではピンと来なくて当たり前で、それ程、我々の取組む登山とは全く違う世界の話であると考えて下さい。
この偉大な女性は、2015年12月22日に43歳という短い生涯を閉じてしまいました。
当時の新聞には大きく取り上げていたと思いますが、登山に興味の無い人には「単なる遭難事故」の一つだったかもしれません。
しかし、谷口けいさんの偉業を知っている人たちにとっては大きな出来事で、そして何故その事故が起こったのかが最大の関心事だったはずです。
実績からは想像できない遭難事故
遭難が起きたのは、北海道 大雪山系黒岳(1984m)の北壁を5人のパーティ(谷口けいさん以外は男性)で登攀中、山頂付近での出来事でした。
世界的なアルピニストなので、普通の登山道ではなく、岩壁を命綱を結んでクライミングを行っていたことは伺い知れると思います。
なお、遭難の内容は、滑落。
世界的なクライマーでもある彼女であれば、常に安全を考えた措置で登攀していた筈で、万一、ルートミスをしても、少なくとも「命綱」が最後の保護壁となっていたのに何故滑落したのか?
そこには、女性としての悩みが介在していたそうです。
彼女は滑落前に仲間へ「お花摘みに行く」と言い残し姿を消しました。
お花摘み?という登山隠語
冬山で何か特別な高山植物があるのか?と最初は思いましたが、登山用語(隠語)で「用を足す」ことであることを後で知りました。
男性であれば、多少の恥じらいがあっても比較的大ぴらに行えますが、女性の場合は簡単ではありません。
更に、クライミングでは安全を確保するロープを保持するシステムを太ももへ装着するため、下半身全てを出さなくてはならない女性にとっては命がけの行為となるのです。
滑落が発生した要因は当事者にしか分かりません。
しかし、状況を鑑みる限り大きな問題はこの2つが想像できます。
- 命綱を外さなければならない状況(衣服の着脱)
- 男性の視線から出来るだけ離れるためにガケに近づいた
「命綱」が繋がっていなかったことで「万一の出来事」を回避出来なかったことは、正に一瞬の油断としか言えないでしょう。
超一流のクライマーなのに「魔が差した」としか考えられません。
そして、女性の心理として、用を足す行動を男性同様に行える訳はないのです。
トイレの問題は登山の弱点
過去のインタビューでは、女性の用足しの危険性に触れ、本人はあまり気にせず、普通の女性よりも男性に近い場所で用を足すことも語っておられました。
それでも男性と全く同じとは行かないのが当たり前です。
登山の難点として、トイレの設置個所が少ないことが上げられることをご存知でしょうか?
有名な山であればそれなりの設置を施していますが、無名な山の場合は、駐車場から山頂まで全くトイレが無いこともあります。
増してや、一般登山道ではない「バリエーションルート」であれば尚更不便であること言うまでもありません。
- 「命綱」が繋がった状態で用を足せることが出来たら…
- すぐ横で用を足すことが出来るほどの信頼関係があれば…
事故を避けられる「タラレバ」はいくつも上げられますが、それ以上に登山を行う人間が認識すべきことは「~かもしれない」という交通安全同様の言葉じゃないでしょうか?
ストイックな「一村文隆」氏でも
太刀打ち出来ない自然の驚異
ピオレドール賞を受賞した日本人で、もう一人惜しくも命を亡くした方が居ます。
2008年に天野和明氏、佐藤裕介氏と共に、カランカ北壁初登攀を果たした一村文隆氏です。
自分に厳しかった一村文隆氏
一村文隆氏に関する情報は少なく、一部にはピオレドール受賞に関しても、自身が納得の行く登攀では無いことを理由に授賞式へ出席しなかったという。
相当ストイックな登山を行っていた方だと伺い知れます。
一村文隆氏の遭難原因は自然のみが知る
一村文隆氏が遭難したのは2018年、チャムラン西稜6000m近辺で、北壁下降路の偵察中に何らかのアクシデントで遭難。
後日、遺体で発見されたということです。
詳しい理由は分からないのですが、想定出来るのは「雪崩」か「滑落」。
ただ、一村文隆氏の実績を考えると、滑落による遭難は想定し辛いでしょう。
雪崩であれば、その脅威を事前に予期することは難しく、また、発生の可能性が常に付きまとう場所である以上、確率をゼロにすることは人間には出来ないのです。
一般的な登山であっても、天気予報はあくまでも確率であって、想定外の天候となることも否めません。
登山には常に「絶対」は無いことを改めて認識する必要があります。
危険度を理解すれば登山の方向性はいくつも存在する
ここまで、登山の方向性としては「頂点」の部分を紹介してきました。
しかし、人間は個々の能力があって、誰しもバリエーションルートなどの一般登山の先へ進むわけではありません。
あくまでも極端な例として受け止めて下さい。
仮にバリエーションルートへ進んでも、比較的安全と言われる晴天時の積雪登山が限界だと思います。
その先へ進むには色々な物を犠牲にしなくてはならないことも分かってくるはずですから・・・。
通常、中級者向けと言われる山をクリアーすれば、日本百名山の完全制覇や地元の百名山制覇などが眼中に入るでしょう。
日本の一般登山ルートは「9E」が最高レベルとなり、このレベルまで辿り着く人も稀です。
それでは、通常はどのレベルを目指すのでしょうか?
答えは簡単です。多くの人はグレーディングの最高レベルまで達することは難しいので、自分のレベルに合った山を選択するしかありません。
安全登山で大切なこと
力量を過信せず他人に迷惑をかけない
昨今、登山ブームと言われ久しいですが、特にこのブームを牽引しているのが「定年世代」です。
即ち、65歳前後から登山を始める方が大勢いるという事実。
そこで問題になってきたのが過去の「プライド」。
登山者は会社以外では「その他大勢」
この年代の多くは、会社ではそれなりのポストに居て、会社内とその他を混同する傾向にあります。
特に問題となるのが、順番を守らなかったり、山の特殊性を理解していないこと。
登山道は一般の舗装道路とは違い、多くの危険が潜んでいます。
例えばクサリ場などは一人ずつ通過するのがマナーですが、それを後ろから追い越そうとする人の多くがこの定年世代。
この身勝手な行動により、滑落や転倒のリスクが増加することは誰にでも分かることですよね。
また、山小屋という特殊な宿泊所をあたかも「普通の旅館」と勘違いし、山のルールに従わないことによるトラブルも多発しています。
私も長いサラリーマン人生を歩んで来たので彼らの気持ちも分かりますが、やはりマインドをチェンジして欲しい。
計画性と畏怖の念が欠如
そして最も問題となるのが「過信」です。
ネットで遭難情報を検索してみて下さい。遭難者の大半が40代以上の中高年。
実は40代以上と言っても「60代~70代」に実は集中していることも分ると思います。
サラリーマン時代に培った体力が山でも結構通用すると思う方も居られるでしょう。それは素晴らしいことですが、その体力に過信は禁物。
山では想定外のことが良く発生しますので、体力には余裕を持って計画を組むことが特に重要となるのです。
高齢者の遭難の多くが「無謀」な計画であったり、「装備の不足」が原因となっています。
明日は我が身、どんな問題が起きているのかをきちんと理解して下さい。
特に会社員時代は偉かった方。
あなたも、フィールドへ出ればただの一個人(その他大勢)であることを真摯に受止めて下さい。
そして、責任のある大人の行動をしましょうね。
山には山のルールがあることを真摯に受止める
このブログでは、登山は健康に良いことを解説し、出来れば多くの方に山の素晴らしさを知って欲しいと思って書いています。
しかし、どんなスポーツでもルールがあるように、自然という誰しも太刀打ち出来ないフィールドを楽しむ登山にもルールがあることを理解して下さい。
定められたルールブックはありません。
ほとんど全てが「不文律」のルールですが、このルールは多くの教訓から生まれた先人たちの知恵であり、時には命を守る術になるのです。
ルールに対する審判はフィールドにはいません。
唯一、山を知り尽くした(少なくとも周辺の山は)小屋番を審判として捉えれば、口うるさく言うのも納得出来るのではないでしょうか?
登山にはゴールが無い
登山に力量が人よりかけ離れているのなら、グレーディング以上の先を目指せば良いでしょう。
登山技術や体力が無くても山(自然)への愛情を感じられるなら、常識のある行動と共に山を愛しましょう。
山へ行っても自分は偉いという殻から出られないのなら、登山は止めましょうね。
ここまで読んで頂きありがとうございました。